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zoom RSS チベットの現実

<<   作成日時 : 2008/03/17 16:00   >>

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チベットで起きた暴動について、中国が意図的に流している映像に騙されてはいけない。火を放ち、店を襲い、車をひっくりかえす暴徒の姿だけから、チベット人というものを判断してはならない。

私にはチベット人に個人的な知り合いがいるわけではない。だが、ダライ・ラマ法王日本代表事務所から定期的に送られてくる「チベット通信」や、「ヒマラヤを越える子供たち」というドキュメンタリーDVDを通して、平均的な日本人よりは多少とも多くチベット情報に触れていると思う。それらの媒体で見たチベットの人々は、現代における奇跡といってもいいほど他者への思いやりに満ちた美しい心を持っていた。以下、ほんの一部だが抜粋してご紹介しようと思う。

・「チベット通信」2007年冬号では、法王の訪日について写真入りの特集が組まれていた。

帰国直前、法王は約100人の在日チベット人と謁見。チベットの文化と言語を忘れないこと。チベット人の良いところを延ばし、日本人の良いところは学びなさい。日本に迷惑をかけず、役に立つことが大事など、激励の言葉をかけた。

お世話になっている国の人々の迷惑にならぬようにしなさいと諭せる指導者は、世界中を探してもダライ・ラマ法王だけではないだろうか。ほんの数行の記事だったが、ダライ・ラマの他者への思いやりを改めて知ることができ、このような指導者をいただくチベット人が心底うらやましいと思った。


・次は、ドキュメンタリーDVD[ヒマラヤを越える子供たち」より導入部の抜粋。


4,5歳ぐらいの幼女のアップで映像は始まる。
「旅で疲れた?」と問われて、かぶりを振る幼女。
「おかあさんに会いたい?」と重ねて問われ、うなずきながら「会いたい…」と言って下をうつむいてしまう。そこにナレーションが入ってくる。

いつ再会できるか分からずにわが子を亡命させる母親。これがチベットの現状です。
しかし中国はチベットに自由と繁栄を与えたと強調します。

チベットの首都 ラサ 1999年12月。
ポタラ宮殿は40年間ダライ・ラマ法王を待ちわびました。1959年 中国が侵入したときに最初に亡命した宗教的リーダーです。

それ以来、彼を追い10万人のチベット人がインドへ亡命しています。現在、亡命者のほとんどが学費が高すぎて学校に行けない子供たちです。これは人民の抵抗を防ぐための中国の政策です。

未来を閉ざされた子供に国の文化を後世に伝える術はありません。それを懸念した法王と妹はチベット人がインドで教育を受けられるよう教育機関を設立しました。

毎年、400人以上の子供がヒマラヤを越えより良い教育制度を求めて亡命しています。


このようにダライ・ラマの元へとヒマラヤを越える人々を、中国軍はライフル銃で狙い撃ちする。2006年、ヨーロッパの登山隊がたまたま撮影した虐殺映像が世界を駆け巡った。




・DVDの最後は、命からがらインドのダラムサラへの亡命に成功した少年の言葉と笑顔で終わります。

僕の国を侵略した中国人に怒りを感じます。でも、怒りは春の雨のようにすぐに消えます。同じ人間だということを思い出すと、同情を覚えるのです。



10歳そこそこの子供の口から出た言葉がこれである。私なんて、この生涯を閉じるときになっても、この域に達しているかどうか…。ダライ・ラマ法王の教えがチベットの人々の血となり肉となっていることをつくづく思い知らされた。

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